言葉を紡いで、十年。錆びつくことのない物語を、これからも。
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小説

SF

【短編小説】麒麟は炎を越ゆ

天正十年、初夏。京の都は深い闇と、じめりとした熱気に包まれていた。湿度をたっぷり吸い込んだ空気は重く、肌にまとわりつく。土壁の向こうから聞こえる虫の合唱は、この時代の変わらぬBGMでありながら、今宵はどこか切迫した調子を帯びているように感じ...
恋愛

【短編小説】陽だまりチケット

カーテンの隙間から差し込む光の粒が、ふわりと宙を舞っている。目が覚めたとき、最初に感じたのはコーヒーの深くて優しい香りだった。 加奈子は、枕に顔をうずめたまま、ゆっくりと深呼吸をする。日曜日の朝。時計の針はまだ九時を回ったばかり。隣を見ると...
ホラー

【短編小説】マイルール

都内の私大に通うことになった僕、住吉健太すみよしけんたが見つけた物件は、破格の好条件だった。 大学まで徒歩十分、築年数は古いが広めの2DK。家賃は相場の半額以下。唯一の条件は「すでに入居しているルームメイトがいること」だった。「今の入居者さ...
ヒューマンドラマ

【短編小説】その切り込みは、優しさでできている

「こんなの作るために頑張ってきたわけじゃねーよ」 IoT家電の開発チームで最先端の未来を作っていたはずの翔太。しかし彼に下された辞令は、社内で「左遷先」と揶揄される『容器包装開発課』への異動だった。 そこで待っていたのは、ゴミのようなサンプ...
ヒューマンドラマ

【短編小説】潮濡れの煉瓦

梅雨明けを目前にした六月の終わりの夜だった。 その湿度は、空気そのものが粘性を帯びているかのように重く、耕作の皮膚にまとわりついて離れなかった。東京の乾燥したアパートで過ごした日々が彼の血液からすら水分を奪い去ったかのように感じていたが、こ...
SF

【短編小説】言葉のいらない世界へ

窓の外から、断続的にサイレンの音が響いていた。 分厚い遮光カーテンの隙間から、赤色灯の光が不規則に部屋の壁を撫でていく。この街の夜は、もう半年以上も安眠を許していない。 裕太ゆうたは狭いワンルームの玄関で、靴を脱ぐ音すら殺すようにして息を吐...
ホラー

【短編小説】霧棲む廃村

車は、砂利と泥が混じり合った細い林道を唸りを上げながら進んでいた。時速は二十キロが限界だ。「飯島さん、本当にこの先があるんでしょうか? ナビが完全に沈黙してますよ」 助手席で三沢典子が不安げに声を上げた。彼女の声は、湿った空気の中でどこか吸...
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【短編小説】さようなら、ノーチェ

外は土砂降りの雨だった。六月の粘着質な湿気が、ジャズバー「ノーチェ」の古い木製のドアを開けるたびに、店内に流れ込んでくる。だが、店の内部は完璧な結界に守られているかのようだ。サトシはカウンターの定位置に座り、氷がカランと音を立てるオールドフ...
ホラー

【短編小説】虚ろな森の鎮魂歌

朝靄が、車道の端に辛うじて残されたアスファルトを深く覆い隠していた。その霧はただ白いのではなく、湿気を過剰に含み、冷たい鉄の匂いをわずかに帯びていた。四輪駆動車のエンジンを切り、高野はシートにもたれかかった。沈黙が、突然、彼の鼓膜を強く圧迫...
ミリタリー

【短編小説】悪魔で武器商人

「ボルヘス、君の奏でる音楽は最高だが、少しフォルテッシモが過ぎるんじゃないか?」 鼓膜を叩く轟音の隙間で、アルは言った。 東欧、カルパティア山脈の奥深く。気温はマイナス二十五度。吐き出す息すら凍りつきそうな極寒の闇夜を、毎分三千発の曳光弾が...