言葉を紡いで、十年。錆びつくことのない物語を、これからも。
PR

恋愛

恋愛

【短編小説】陽だまりチケット

カーテンの隙間から差し込む光の粒が、ふわりと宙を舞っている。目が覚めたとき、最初に感じたのはコーヒーの深くて優しい香りだった。 加奈子は、枕に顔をうずめたまま、ゆっくりと深呼吸をする。日曜日の朝。時計の針はまだ九時を回ったばかり。隣を見ると...
恋愛

【短編小説】さようなら、ノーチェ

外は土砂降りの雨だった。六月の粘着質な湿気が、ジャズバー「ノーチェ」の古い木製のドアを開けるたびに、店内に流れ込んでくる。だが、店の内部は完璧な結界に守られているかのようだ。サトシはカウンターの定位置に座り、氷がカランと音を立てるオールドフ...
恋愛

【短編小説】霧中の残響

柏木隆かしわぎたかしは、旅館「千歳屋ちとせや」の廊下に漂う古びた木の匂いを吸い込んだ。それは、湯の硫黄臭と、長い年月をかけて木材に染み付いた塵埃と、微かな畳の青みが混ざり合った、湿度の高い郷愁きょうしゅうの香りだった。床は油が塗られており、...
恋愛

【短編小説】琥珀色のカデンツァ

湿度が肌に張り付くような、夏の終わりの夜だった。冷房を弱めに設定しているせいで、窓の外の湿った熱気が薄いガラス越しに伝わってくる。 サキは肘掛け椅子に深く身を沈め、目の前にあるグラスを指先で弄んでいた。ウィスキーの琥珀色が、間接照明の鈍い光...